fortuna眠りの和声

「寝ている間に脳が掃除されている」は本当なのか!?(2) ― 起きているときの方が脳のゴミ掃除は進んでいた?英国の論文「睡眠中と麻酔中は脳のクリアランスが低下する」を読む

淡い水彩のイラスト。左は昼の窓辺で机に向かって仕事をする人、右は夜の寝室で眠る人。どちらも頭の中に脳が描かれ、頭から淡い流れが立ちのぼっている。上に記事の題名が手書きで書かれている。
イメージイラスト(AI生成)

「寝ている間に、脳の老廃物が洗い流されている」。この話を、もとの論文から順に読んでいくシリーズの2回目です。

1回目の2013年の論文は、眠っているマウスの脳に脳脊髄液がよく入っていく様子を、顕微鏡でとらえました。今回の2024年の論文は、それを受けて「では、脳から出ていく方はどうなのか」を、別の方法で直接測った研究です。

結果は、1回目から想像するものとは逆の向きでした。

この論文は GIGAZINE「脳の老廃物を洗い流す機能は睡眠時や麻酔中にむしろ弱まるという指摘」でも紹介されています。

この論文について

  • 題名: Brain clearance is reduced during sleep and anesthesia(睡眠中と麻酔中は脳のクリアランスが低下する)。クリアランスは、脳から物質が取り除かれることです
  • 著者: Andawei Miao さん、Tianyuan Luo さんら9人。責任著者は William Wisden さんと Nicholas P. Franks さん。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンと英国認知症研究所
  • 掲載: Nature Neuroscience 27巻6号 1046ページ(2024年)。査読を経て掲載された論文で、誰でも全文を読めます
  • 資金: ウェルカム財団、英国認知症研究所など。著者らは、利益相反は無いとしています
  • 対象: 大人のオスのマウスです。人で確かめた研究ではありません

※この論文には、2024年6月に訂正が出ています。訂正の内容は、図3bの元データの1列(起きている群の3時間後の平均)が誤っていたというもので、修正版のデータが公開されています。

論文が問題にしていること

脳に入れた目印の量は、「入ってくる量」と「出ていく量」の差で決まります。著者らが注目したのは、この点です。

脳脊髄液に目印を入れる実験で、眠っている間に目印が脳の奥まで届いたとしましょう。これは「よく流れているから」とも読めますし、「出ていく量が減って、たまっているから」とも読めます。脳脊髄液に入れる方法では、入る動きと出る動きと広がる動きが同時に起きるので、切り分けるのが難しい、と著者らは書いています。

そこで、目印を脳の中へ直接入れ、離れた場所で濃度の変化を追うことで、「広がり方」と「減り方」を分けて測りました。

調べ方と結果

1. 目印の広がる速さは、眠っても変わらなかった

マウスの脳の奥(尾状核・被殻という場所)に光る目印を入れ、前のほうの大脳皮質に細い光ファイバーを入れておきます。光で目印の色を一部だけ消し、周りから目印が戻ってくる速さを測ると、脳の中での動きやすさが分かります。

  • 起きている時間の割合で4群に分けて比べても、鎮静薬のデクスメデトミジンを使っても、動きやすさに統計的な差はありませんでした(P=0.47)
  • 1日のうちの時刻でも、差はありませんでした(P=0.50)

動きやすさの値は、この大きさの目印が主に拡散(濃いほうから薄いほうへ自然に広がる動き)で動いていると考えて合う値でした。

2. 目印が取り除かれた割合は、起きているときの方が大きかった

次に、もっと小さな目印を入れ、皮質での濃度を何時間も記録しました。寒天のゲルのように「取り除かれる先が無い」場合の濃度の変化は、計算で正確に予想できます。実際の脳での濃度が予想よりどれだけ低いかから、目印がどれだけ取り除かれたかを割り出します。

濃度がいちばん高くなる時点(2〜3時間後)で比べた結果です。同じマウスを1週間あけて、順番をランダムにして両方の条件で測っています。

比べたもの起きている・生理食塩水眠り・麻酔マウスの数P値
起きている/眠っている69.7%52.8%8匹0.016
生理食塩水/デクスメデトミジン74.9%36.0%8匹0.0029
生理食塩水/ケタミン・キシラジン76.4%39.8%9匹0.0015
生理食塩水/ペントバルビタール81.5%57.3%6匹0.037

眠りでも3種類の麻酔でも、取り除かれた割合は低くなりました。一方、広がる速さ(濃度がいちばん高くなるまでの時間に表れます)には、ここでも統計的な差はありませんでした。

3. 取り出した脳でも、同じ向きだった

目印を入れてから3時間後と5時間後に脳を取り出し、薄く切って、残っている目印を調べました。どちらの時点でも、起きていたマウスより、眠っていたマウスとケタミン・キシラジンで麻酔したマウスのほうが、目印が多く残っていました。別の方法でも、同じ向きの結果が出たことになります。

4. 脳波のゆっくりした波が強いほど、取り除かれた割合は小さかった

眠りや麻酔の4つの条件で、脳波のデルタ波(0.5〜4Hz)の強さと、取り除かれた割合を並べると、弱い負の相関がありました(相関係数 −0.58)。著者らは、深い眠りほどクリアランスが低いことを示唆すると書いています。

著者らの結論

著者らは、脳のクリアランスは眠りと麻酔で下がる、という結論を述べています。そのうえで、この結果は「眠りの中心的な役割は脳から毒素を取り除くこと」という考え方に疑問を投げかける、としています。なぜ下がるのかという仕組みは、まだ分からないとも書いています。

この研究のよいところ

  • 出ていく方を、生きた脳で追った: 取り出した脳の1時点だけでなく、同じマウスの濃度の変化を何時間も記録しています
  • 同じマウスで比べた: 個体差の影響を受けにくい比べ方です
  • 方法を先に確かめた: ゲルでの実験や、色を消さない別の測定と比べて、測り方が正しいことを確かめてから、マウスの実験に進んでいます
  • データを公開している: 図の元データと、眠りの判定に使ったプログラムを公開しています

結果の受け止め方

  • マウスの研究です: 人の脳で同じことが起きているかは、この論文では調べていません。使ったのはオスだけです
  • 小さな目印の結果です: 著者らは、もっと大きな分子では動きが違うかもしれないと書いています。アミロイドβそのものを測った研究でもありません
  • 眠りの条件: 「起きている」は5時間眠らせないようにした間、「眠っている」はそのあとの回復の眠りで測っています。ふだんの眠りをそのまま測ったものとは少し違います
  • 細かい流れまでは分かりません: 著者らは、狭い範囲で打ち消し合うような液の動きは、この方法では捉えきれないと書いています
  • 実験の規模と手順: 取り除かれた割合の比較は、1つにつき6〜9匹です。データの収集と解析は、おおむね条件を伏せずに行われ、匹数を事前に計算で決めてはいません

日常で取り入れるなら

  • 「眠りはいらない」という話ではありません: この論文が調べたのは、小さな目印の取り除かれ方です。眠りの価値そのものを測ったものではありません
  • 答えはまだ途中です: 「掃除」の測り方によって、結果は変わりうることが分かってきました。だからこそ、次の研究が続いています。ふだんの眠りを大切にしながら、もう少し読み進めていきましょう

PR眠る時間のまわりの音を、自分に合わせて整えるための耳栓。やわらかい発泡素材のもの、耳の形に合わせて押し込むシリコンのもの、ひだの付いたものなど、素材や形の違うものがそろっています。耳栓(睡眠用)›リンク先は Amazon の検索結果です。Amazonのアソシエイトとして、眠りの和声は適格販売により収入を得ています。

**この話には続きがあります。**今回の論文が起点となって、脳の掃除の測り方をめぐる研究がさらに続きました。次回は、そのうちの1本、起きているときは脳に入る目印の量そのものが少なくなることに注目した、2024年の査読前の論文を読みます。

眠りの和声では、雨音や小川の音と、やさしい和音を流せる再生画面もご用意しています。

この記事は、論文の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠りや物忘れの悩みが続く場合は、医師にご相談ください。

この研究の著者・研究室・企業

  • 研究室Nick Franks さんとBill Wisden さんのページ(責任著者の Nicholas P. Franks さんと William Wisden さん。インペリアル・カレッジ・ロンドン)

参考文献

  1. Andawei Miao, Tianyuan Luo, Bryan Hsieh, Christopher J. Edge, Morgan Gridley, Ryan Tak Chun Wong, Timothy G. Constandinou, William Wisden, Nicholas P. Franks. Brain clearance is reduced during sleep and anesthesia. Nature Neuroscience 27(6): 1046 (2024). doi:10.1038/s41593-024-01638-y(訂正: doi:10.1038/s41593-024-01698-0)

← コラムの一覧へ