眠りにかかわるのは香りの種類より「心地よいと感じるか」だった? 139人が鼻クリップで香りをかぎながら眠った結果
前回は、ヒノキの根から採った精油の香りで、12人の女性が自宅で2週間ずつ眠ってみた結果を読みました。参加者は、その香りを「リラックスする」「なつかしい」と高く評価していました。
では、眠りにかかわるのは、香りの種類そのものなのでしょうか。それとも、その香りを本人が心地よいと感じるかどうかなのでしょうか。今回は、この問いに大人数で取り組んだ、ドイツの嗅覚の研究者たちの論文を読みます。
この論文について
- 論文:Effects of odors on sleep quality in 139 healthy participants(健康な139人での、香りが睡眠の質に与える影響)
- 著者:Agnieszka Sabiniewicz、Pia Zimmermann、Guliz Akin Ozturk、Jonathan Warr、Thomas Hummel
- 所属(論文の記載):ドレスデン工科大学 耳鼻咽喉科「嗅覚と味覚」学際センター(ドイツ)ほか、高砂香料ヨーロッパ調香研究所(フランス)
- 掲載:Scientific Reports 12巻(2022年)。査読を経て掲載された論文で、誰でも全文を読めます(CC BY 4.0)。
- 研究の体制:嗅覚の研究で知られるドレスデン工科大学のチームと、香料メーカーの高砂香料が組んだ研究です。試験用の「香水」は同社が用意し、同社の調香研究所の研究者も著者に加わっています。論文には、著者らに利益相反は無いと記載されています。
どうやって調べたのか
参加者
ドレスデンの大学構内のポスターやチラシ、口コミ、ネットの広告などで集めた 139人です(女性82人・男性57人、18〜66歳、平均29歳)。においの感じ方のテストで一定の点に届かなかった人や、鼻の病気がある人、喫煙量の多い人、睡眠時間が不規則な人などは除いています。2019年11月から2020年11月までの1年間に行われました。
比べた香り
参加者は、次の4つのグループに順番に割り振られました。
| グループ | 香り |
|---|---|
| オレンジ | オレンジの精油 |
| 香水 | 高砂香料が用意した複合的な香り(シトラス・フローラル・ムスク・オレンジ) |
| ラウリナール | 甘い花のような香りに、青いシトラスとメロンのニュアンスがある合成香料 |
| 無香(プラセボ) | 香りなし |
香りは、鼻に付けるクリップから出るようになっています。部屋全体に香りを広げずに、その人だけに香りを届けられる方法です。参加者には、どの香りが入っているかは知らせていません。事前の小さな試験では、3つの香りの好ましさと強さに、大きな違いは見られませんでした。
進め方
- 最初の14夜:毎晩、鼻クリップを付けて、自宅で眠ります。
- 次の14夜:香りの入っていない鼻クリップで眠り、香りをやめたあとに効果が残るかを見ます。
- 毎朝、睡眠日誌に「どのくらいで寝つけたか」「夜中に目が覚めたか」「よく眠れたか」「休まった感じで起きられたか」などを記録します。
- 66人は、28日間ずっと手首に活動量計(Fitbit Charge 2)も着けました。※リンク先は、現在販売されている後継の機種です。
- 最初・14日後・28日後に研究室へ来て、においの感じ方、注意力や記憶、不安や気分のテストを受けます。最初の14夜のあとには、香りがどれくらい心地よかったかを0〜10で答えました。
この研究のよいところ
- 人数が多く、期間が長い:139人が、自宅で28夜にわたって参加しています。香りと眠りの研究としては大きな規模です。
- 無香のグループと、まったく同じ方法で比べている:無香のグループも同じ鼻クリップを付けています。「何かを付けて眠る」こと自体の影響を差し引いて、香りの影響だけを見られる設計です。
- 「差が無い」ことの確からしさまで調べている:ふつうの統計の検定に加えて、ベイズ統計という方法で、「香りの種類で差が無い」という見方がどれだけ支持されるかも計算しています。
- 眠りだけでなく、においの感じ方や気分も追っている:香りを毎晩かぐことで、嗅覚や気分がどう変わるかも合わせて見ています。
分かったこと
1. 香りの種類による、はっきりした差は無かった
睡眠日誌のどの質問でも、香りの種類(無香を含む4つのグループ)による一貫した差は見られませんでした。ベイズ統計では、「香りの種類で差が無い」という見方のほうが、差があるという見方より5〜34倍もっともらしい、という結果でした。活動量計で測った眠った時間なども、香りの種類によるはっきりした差は見られませんでした。
2. どのグループも、日を追うごとに眠りの感じ方がよくなった
一方で、香りの種類にかかわらず、参加者全体では次のような変化がありました。
- 後半の14夜のほうが、前半より寝つきが早かったと答えていた
- 休まった感じで起きられたという答えが、日を追うごとに高くなっていった
- 活動量計でも、後半の14夜のほうが、眠っていた時間などの「よい眠り」の指標が増えていた
研究に参加して、毎晩きちんと眠りに向き合うこと自体が、眠りの感じ方をよくしたのかもしれません。
3. 香りを心地よいと感じた人ほど、休まった感じが高まった
香りのグループの参加者を、香りの心地よさを8点以上と答えた人と、7点以下と答えた人に分けて比べると、違いが見えてきました。
- 8点以上と答えた人は、香りをやめた後半の終わり(28夜目)に、最初の夜より休まった感じで起きられたと答えていました。
- 7点以下と答えた人は、そうした伸びが見られず、むしろ後半の終わりには、前半の終わり(13夜目)より休まった感じが低くなる傾向がありました。
著者らは、この結果から「眠りの質にとって大切なのは、香りそのものより、本人がその香りを心地よいと感じるかどうかではないか」と結論づけています。
結果の受け止め方
- 前回のヒノキの根の研究とのつながり:今回の「香りの種類による差は見られなかった」という結果は、前回のヒノキの根の研究を打ち消すものではなく、むしろ整合しています。ヒノキの根の研究では、参加者がその香りを「リラックスする」「なつかしい」と高く評価していました。心地よいと感じる香りとともに眠りの感じ方がよくなった、という点で、今回の論文の「本人が心地よいと感じるかどうかが大切」という見方と重なります。
- 鼻クリップという方法の影響:著者ら自身が、香りの種類で差が出なかった理由として、鼻クリップという届け方を挙げています。ふだん家庭では、部屋の換気、アロマキャンドル、枕に香りをつけるなど、部屋全体で香りを楽しむことが多く、家族やパートナーと香りを分かち合うこともあります。そうした使い方とは条件が違います。
- 「心地よさ」の分け方:心地よさの平均は10点中7点で、「7点以下」のグループも、多くはその香りを好ましく感じていた人たちです。イヤなにおいと比べたわけではない点は、知っておきたいところです。
- 健康な人での結果:眠りに悩みを抱える人で同じ結果になるかは、この研究からは分かりません。
- 参加者は20〜30代が中心:平均29歳で、若い世代の結果が中心です。
日常で取り入れるなら
139人の結果からうかがえるのは、次のようなことです。
- 「眠りによい」とされる香りでも、自分が心地よいと感じなければ、効果は期待しにくいかもしれない
- 反対に、自分が心地よいと感じる香りなら、目覚めの休まった感じにつながるかもしれない
- 毎晩、眠りに向き合う習慣そのものが、眠りの感じ方をよくする可能性がある
寝室の香りを選ぶときは、評判や成分よりも、自分がかいでほっとするかどうかを大事にしてみてください。心地よく感じる香りは人によって違うので、いくつかの香りを試しながら、自分に合う香りを探していくのもよさそうです。前回のヒノキの根の研究で、参加者が「なつかしい」と感じていたように、思い出や暮らしと結びついた香りが、その人にとっての「眠りの香り」になるのかもしれません。
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この研究では、香りを鼻クリップで届けていました。では、枕に香りをつけたり、ディフューザーで部屋に広げたりすると、結果は変わるのでしょうか。同じ研究チームが香りの届け方を比べた続きの研究を、次回のコラムで紹介する予定です。
寝つくまでは好きな香りでくつろいで、眠ってからは静かな音で、まわりの物音をやわらげる。そんな組み合わせもできます。眠りの和声では、雨音や小川の音と、やさしい和音を流せる再生画面をご用意しています。
この記事は、論文の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠れない日が長く続く場合は、医療機関にご相談ください。
この研究の著者・研究室・企業
- 研究室嗅覚・味覚学際センター(Interdisciplinary Center "Smell & Taste")(ドレスデン工科大学 医学部・大学病院 耳鼻咽喉科。Thomas Hummel 教授)
- 上場企業高砂香料工業株式会社(東京証券取引所プライム市場、証券コード 4914)。試験用の「香水」を用意し、著者も所属する高砂香料ヨーロッパ調香研究所(パリ)は、同社の100%子会社です
上場企業の記載は研究の体制をお伝えするためのもので、投資を勧めるものではありません。
参考文献
- Agnieszka Sabiniewicz, Pia Zimmermann, Guliz Akin Ozturk, Jonathan Warr, Thomas Hummel. Effects of odors on sleep quality in 139 healthy participants. Scientific Reports 12: 17165 (2022). doi:10.1038/s41598-022-21371-5(PMC9562345)