リラックスできれば、早く眠れる? ― スマートウォッチの「子守歌の振動」を試した研究
疲れているのに、布団に入ると目が冴えてしまう。そんなとき「まずリラックスできれば、自然に眠れるはず」と考えがちです。では、リラックスできた状態は、そのまま早い寝つきにつながるのでしょうか。
この疑問に、スマートウォッチの振動を使って取り組んだ研究があります。音の研究ではありませんが、「心地よさ」と「寝つき」の関係を考えるうえで、とても示唆に富んだ結果が出ています。
この研究について
- 論文:Closed-Loop Rhythmic Haptic Biofeedback via Smartwatch for Relaxation and Sleep Onset
- 著者:Jueun Lee、Dennis Moschina、Supraja Ramesh、Tobias Röddiger、Kai Kunze、Michael Beigl
- 所属(論文の記載):カールスルーエ工科大学(ドイツ)、慶應義塾大学(日本)
- 公開:2025年7月に arXiv で公開。ウェアラブルコンピューティングの国際会議 ISWC への投稿段階で、査読を経て掲載されたものではありません。
何を調べたのか
研究チームが注目したのは子守歌です。子守歌には、ゆっくりしたテンポ、2拍子や3拍子の規則的なリズム、なめらかなつながり、くり返しの多いフレーズといった特徴があります。論文では、こうした音楽の特徴が、心拍や緊張の度合いを下げることと結びついているという先行研究を紹介しています。
そこで、この「子守歌のリズム」を音ではなく手首への振動に置き換え、リラックスと寝つきを助けられるかを調べました。
工夫は、振動の速さをその人の今の心拍数より4%ゆっくりに合わせたことです。心拍数は1秒ごとに読み取り、振動の速さをその都度調整しました。体の状態を測りながら刺激を変えるこうした仕組みを「閉ループのバイオフィードバック」と呼びます。少しゆっくりしたリズムに体が引き込まれて、落ち着いていくことを狙っています。
どうやって調べたのか
実験1:5種類の振動を比べる
健康な20人(男性15人・女性5人、平均27.65歳)が、Apple Watch で次の5種類の振動パターンを試しました。
- Tap:軽い「トン」を2拍子で
- Vibration:短い「ブッ」を2拍子で
- Alternating:「トン」と「ブッ」を2拍子で交互に
- 3/4:「トン」と「ブッ」を3拍子(ワルツのリズム)で交互に
- 3/4-2:3/4 を組み替えた変化形
参加者は机に座り、まず軽い読書をしながら10分間の安静時の心拍を測りました。その後、各パターンを5分ずつ、順番を人によって入れ替えながら体験しています。パターンの前には毎回、1分間ゆっくり歩いて1分休み、直前の状態をそろえました。
実験2:いちばん良かった振動で、実際に眠ってみる
健康な28人(男性18人・女性10人、平均24.79歳)が、ソファに横になり、目を閉じて20分間、眠ろうとする実験です。同じ人が、振動ありの日と振動なしの日の2回参加しました。時間帯は、普段の睡眠リズムを乱さないよう午後4時〜8時です。
測ったものは次のとおりです。
- 心拍と心拍変動(HRV):胸に着けたベルト型のセンサーで心電図を記録。心拍変動は、心拍の間隔のゆらぎのことで、体を休める側の神経(副交感神経)の働きの目安になります。
- 寝つくまでの時間:横になっている間、指で画面を一定のリズムでたたき続けてもらい、たたく間隔が初めて8秒を超えた時点を「寝ついた」とみなしました。
- 眠気の自己評価と、反応の速さを測る検査(画面に何か出たらすぐにたたく課題)を、眠る前後で比べました。
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分かったこと
短い時間なら、リラックスにつながった(実験1)
- 5種類すべての振動で、心拍数が安静時より有意に下がった。ただし、パターンの間に差はありませんでした。
- 「リラックスできた」という評価は、**3/4(平均3.55)と Alternating(3.50)**が、Tap(2.40)や Vibration(2.55)より有意に高くなりました。同じ刺激が続く単調なパターンは、心地よく感じられにくかったようです。
- 好みの順位でも 3/4 が最も高く、半数(50%)の人が1位に選びました。
- 一方で、眠気の自己評価には、パターンの間で有意な差はありませんでした。
20分間、眠ろうとする場面では、差が出なかった(実験2)
実験1で最も評価の高かった 3/4 を使いました(分析したのは、心拍に急な乱れがあった3人を除く25人)。
- 心拍数の変化に、振動ありとなしで有意な差はなかった。
- 心拍変動は、副交感神経が働いている方向への傾向を示しましたが、統計的に有意ではありませんでした。
- 寝つくまでの時間、眠気の自己評価、反応の速さのいずれにも有意な差はなかった。
つまり、短い時間ならリラックスにはつながったものの、「早く眠れる」ところまでは確認できなかったという結果です。
著者が挙げている理由と、この研究の限界
論文では、差が出なかった理由として、次のような可能性を挙げています。
- 20分は長すぎたかもしれない:実験1の5分間では心拍が下がったことから、短い刺激のほうが効果的で、長く続けると逆に刺激が強すぎる可能性があるとしています。ある参加者は「振動のリズムで眠くなったけれど、どこかで止まってほしかった。かえって少し長く起きていた気がする」と答えています。
- 指でたたく課題が負担になった:寝つきを測るために画面をたたき続けることが、自分のリズムを保つ妨げになったという声がありました。
- 通知の振動を連想させた:スマートウォッチの振動が、通知やアラームを思い出させて気が散ったという人もいました。普段スマートウォッチを使っていない19人では、副交感神経の指標がより大きく上がる傾向が見られたとしています。
- 慣れない環境での初回の影響:初めての場所では眠りが浅くなりやすいことが、結果に影響した可能性もあります。
このほか、参加者が少なく、健康な若い人が中心であること、夜の睡眠ではなく夕方の20分間の仮眠の場面であることも、結果を読むうえでの前提になります。実験1で心拍が下がったという比較も、振動の前の安静時(読書中)との比較で、振動なしで同じ時間を過ごした場合と比べたものではありません。
日常で取り入れるなら
この研究は振動についてのもので、音の研究ではありません。それでも、寝る前の過ごし方を考えるヒントがあります。
- 「心地よい」と「眠れる」は別もの:リラックスを感じられても、それだけで早く眠れるとは限りません。
- 単調すぎる刺激は好まれにくい:同じ刺激のくり返しより、少し変化のあるリズムのほうがリラックスできると評価されました。
- ずっと続けないほうがよいかもしれない:短い時間の刺激で効果が見られ、長く続けると妨げになる可能性が示されています。
音を流す場合も、眠りに入るころには止まるようにしておくと安心です。眠りの和声では、タイマーを選んでおくと、終わる前の数分間で音が少しずつ消えていきます。
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この記事は、論文の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠れない状態が続く場合は、医療機関にご相談ください。
この研究の著者・研究室・企業
- 研究室TECO(Technology for Pervasive Computing)(カールスルーエ工科大学。Michael Beigl 教授の講座)
- 研究室Kai Kunze 教授(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科)
参考文献
- Jueun Lee, Dennis Moschina, Supraja Ramesh, Tobias Röddiger, Kai Kunze, Michael Beigl. Closed-Loop Rhythmic Haptic Biofeedback via Smartwatch for Relaxation and Sleep Onset. arXiv:2507.02432 (2025). International Symposium on Wearable Computers (ISWC) への投稿。