眠っている鼻に、いろいろなにおいを直接届けた実験の結果 ― 眠っている人を、イヤなにおいで起こせるのか?
前回の研究では、好きな香りを一晩中流しても、夢の心地よさは変わりませんでした。香りの夜でも、4割の人はにおいに気づいていませんでした。
では、そもそも私たちは、眠っているあいだに香りをどのくらい感じ取っているのでしょうか。物音や光なら、眠っていても目が覚めることがあります。においで目が覚めることはあるのでしょうか。
今夜は、眠っている人に香りを数秒ずつ届け、そのたびに脳波がどう変わるかを調べた研究を読みます。
この論文について
- 題名: Odors enhance slow-wave activity in non-rapid eye movement sleep(においは、ノンレム睡眠のゆっくりした脳波を強める)
- 著者: Ofer Perl、Anat Arzi ほか(ワイツマン科学研究所 神経生物学部門ほか、イスラエル)
- 掲載: Journal of Neurophysiology 115(5): 2294–2302(2016年)。査読を経て掲載された論文です。
- 資金: ジェームズ・S・マクドネル財団。利益相反はないとされています。
研究の背景: においは「目を覚まさせにくい」
論文の冒頭によると、眠っているあいだの音や光、体に触れる刺激は、脳を目覚めの方向へ動かし、眠りを乱すことが多いとされています。一方で、においについては、目覚めにつながりにくいという研究がいくつも報告されてきました。「眠っているあいだのにおいの感じ取りはごくわずかで、においの警報器は人には向かない」と題名で結論を示した研究(Carskadon & Herz 2004)も、その一つとして挙げられています。
それでは、眠っている脳は、においにまったく反応していないのでしょうか。それとも、反応はしているけれど、目覚めとは別の形で反応しているのでしょうか。研究チームは、脳波でそれを確かめようとしました。
脳波の2つの手がかり
この研究では、脳波の2つの変化に注目しています。
- ゆっくりした波(δ波): 深い眠りで多く出る波です。この波が強まるのは、眠りが深まる方向の変化と考えられています。
- K複合(Kふくごう): 浅いノンレム睡眠(N2)で見られる、大きな一つの波です。物音などの刺激を受けたときにもよく出るため、眠っている脳が外の刺激を受け取った印とされます。刺激を受けても「起きずに眠り続ける」ための反応だという見方もあります。
研究チームの予想は、「においを届けると、ゆっくりした波は強まり、K複合は増えない」というものでした。
どうやって調べたのか
参加者
22〜36歳(平均26.5歳)の健康な人が参加し、条件に合わなかった1人を除く34人の記録を分析しました。睡眠のリズムが規則正しく、薬を使っていない人たちです。実験の日は、来る6時間前からお酒とカフェインを控えてもらいました。
香り
一人が受け取る香りは、次の4つのうち1つだけです。
| 香り | 人数 | 論文での位置づけ |
|---|---|---|
| ラベンダーの精油 | 13人 | 心地よい香り。鼻への刺激(ツンとする感じ)が少しある |
| ベチバーの精油 | 5人 | 心地よくない香り。鼻への刺激が少しある |
| バニリン(バニラの香りの成分) | 12人 | 心地よい香り。においだけで、鼻への刺激がない |
| 硫化アンモニウム | 4人 | いわゆるイヤなにおい。においだけで、鼻への刺激がない |
進め方
- 参加者は、ふだん眠る1時間ほど前に睡眠検査室へ来て、脳波などの電極を付け、小さな鼻のマスクを付けて眠ります。
- 香りは、隣の部屋にある装置から、きれいな空気の流れにのせてマスクへ送られます。音や手ざわり、温度、湿り気など、香り以外の手がかりで「いま香りが来た」と分からないように作られた装置です。部屋の壁も、においが残らない作りになっています。
- 浅いノンレム睡眠に入って20分ほどたってから、香りを5秒・10秒・20秒のどれかの長さで、9〜15分おきに送ります。一晩で平均約30回(21〜37回)です。
- 香りを送る前の30秒と、送ったあとの30秒の脳波を比べます。
この研究のよいところ
- 香り以外の手がかりを丁寧に取り除いている: 装置を隣の部屋に置き、管を通して香りだけを送っています。脳波の変化が、装置の音や風ではなく、においによるものだと言いやすい作りです。
- 「香りがなくても、眠りは自然に深まる」ことを差し引いている: 眠りに入ってしばらくは、香りがなくてもゆっくりした波が自然に強まっていきます。そこで研究チームは、香りを送っていない時刻の前後も同じ方法で比べ、それより香りのときの変化が大きいかを確かめています。
- 「差がない」ことの確からしさも調べている: K複合については、ふつうの検定に加えて、ベイズ統計で「増えない」という見方がどれだけ支持されるかも計算しています。
分かったこと
1. 香りのあとに、ゆっくりした波が少し強まった
ノンレム睡眠で香りを送ったあとの30秒は、送る前の30秒より、次の波が強まっていました。
| 脳波 | 香りのあとの変化 |
|---|---|
| δ波(0.5〜4Hz): 深い眠りに多い、ゆっくりした波 | 約10%(9.79%)強まった |
| 遅い紡錘波(9〜12Hz): 眠りの中で出る短い波の束 | 約5%(5.16%)強まった |
| ほかの波(θ波・速い紡錘波・β波) | はっきりした変化なし |
香りを送っていない時刻の前後と比べても、香りのときのほうがδ波と遅い紡錘波の強まりが大きく、眠りが自然に深まっただけでは説明できない、という結果でした。
一方、レム睡眠のあいだに香りを送ったときは、どの波にもはっきりした変化はありませんでした。
2. K複合は増えなかった
浅いノンレム睡眠で、香りを送る前と後の30秒のK複合の数を比べると、1回あたり0.33個と0.34個で、ほぼ同じでした。香りの長さ(5秒・10秒・20秒)で分けても、差はありませんでした。
ベイズ統計では、「香りでK複合は増えない」という見方のほうが、「増える」という見方より約6.6倍もっともらしい、という結果でした。
音などの刺激では、K複合が増えることが多く知られています。著者らは、においが脳の目覚めの仕組みを強く揺さぶらず、眠りを守る方向に働くことを示すものだと考えています。
3. 強まりは、香りの長さに応じて続いた
δ波の強まりは、香りを長く送るほど長く続き、その長さはおおむね香りの長さの2倍まででした。20秒の香りなら、強まりも数十秒ほどで元に戻る、ということです。
夜の前半と後半で比べても、強まり方に違いはなく、何度も香りを送るうちに効果がたまっていく様子も見られませんでした。香りの影響は、その場かぎりの短いものだったと言えます。
4. 香りの種類による差は、見られなかった
鼻への刺激がある香り(ラベンダー・ベチバー)と、においだけの香り(バニリン・硫化アンモニウム)で、波の強まり方に差はありませんでした。眠りの長さや、それぞれの眠りの段階の時間にも差はありませんでした。
心地よい香り(平均で約13%)と心地よくない香り(平均で約7%)でも、δ波の強まりにはっきりした差はありませんでした。ただし、人数が19人と8人で偏っていたため、著者らは「慎重に受け止めるべき」と書いています。
なぜ、においは目を覚まさせにくいのか
著者らは、においの通り道の違いを挙げています。目や耳、皮膚からの信号は、脳の奥にある中継所(視床)を通ってから大脳へ届きます。眠っているあいだ、この中継所は外からの信号を絞る門番のような役目をしているとも考えられています。においの信号は、この中継所を通らず、鼻から直接、においを受け取る大脳の部分へ届きます。そのため、ほかの感覚の刺激とは違う反応のしかたになるのではないか、という見方です。
結果の受け止め方
- 「目が覚めたか」を直接比べたわけではない: この研究では、香りを送った1,010回のうち197回は、前後に目覚めや短い覚醒があったため、分析から外しています。それが香りによるものか、自然な目覚めかは、香りを送らない夜と比べていないため分かりません。この研究が示しているのは、目覚めなかったときの脳が、香りにどう反応していたかです。
- ほかの感覚とは、同じ人で比べていない: 著者ら自身が、音などの刺激を同じ参加者に与えて比べていないため、その人たちで本当にK複合が増えたかは確かめられない、と書いています。
- 香りの濃さは一つだけ: 刺激が強いほどK複合は出やすくなります。もっと濃い香りなら反応が変わるかもしれず、著者らも今後の課題としています。においで目が覚めることが絶対にない、という意味ではありません。
- 香りによって人数に偏りがある: 4つの香りで3〜13人と偏っていて、特定の香りの働きについては強いことは言えない、と著者らは書いています。眠りを妨げうる香りもあるだろう、とも述べています。
- 一晩の、睡眠検査室での結果: 鼻にマスクを付け、数秒ずつ香りを受け取るという、家とはずいぶん違う条件です。参加者は20〜30代の健康な人でした。
- 強まりは小さく、短い: δ波の強まりは約10%で、数十秒で元に戻っています。眠りの質がよくなったかや、翌朝の感じ方は調べていません。
- 香りが向いているのは、眠りはじめまでかもしれない: これまでに読んだ研究では、眠る1時間前から香りを流した紅茶の香りの研究で寝つくまでの時間が約29分から約13分に縮み、ヒノキの根の研究でも横になってからの20分でゆっくりした波が増えていました。一方、眠ったあとの香りは、前回の研究では夢の心地よさを変えず、今回の研究でも脳波の変化は小さく、数十秒で消えていました。これらを合わせると、香りは眠る準備から寝入るまでを支えるものとして向いていて、眠ってからの影響は軽いのかもしれません。
日常で取り入れるなら
34人の結果からうかがえるのは、次のようなことです。
- ほのかな香りなら、眠りのじゃまになりにくい: 寝室に香りがあっても、それだけで眠っている脳が目覚めの方向へ動くことは少なそうです
- 香りの働きは、そのとき香っているあいだだけ: 強まりは香りの長さの2倍ほどで消え、たまっていくこともありませんでした
- においの警報には頼らない: においで目が覚めにくいということは、裏を返せば、眠っているあいだのガス漏れや焦げのにおいにも気づきにくいということです。火災警報器やガス警報器は、音で知らせるものを備えておくと安心です
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香りの研究紹介は、ここで一区切りです。6本の研究を読んでみると、香りは、眠る準備をして寝入るまでの時間を支えるのに向いていそうです。眠ってしまえば、においは脳をほとんど揺さぶりません。
では、音はどうでしょうか。眠っている人を起こすための音といえば、火災のときの警報音です。非常ベルが鳴れば、眠っていても必ず目が覚めるのでしょうか。次回は、煙の警報器の音で、眠っている人がどのくらいで目を覚ますのかを確かめた研究を紹介する予定です。
香りでくつろいだら、あとは静かな音にまかせて。眠りの和声では、雨音や小川の音と、やさしい和音を流せる再生画面もご用意しています。
この記事は、論文の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠れない日が長く続く場合は、医療機関にご相談ください。
この研究の著者・研究室・企業
- 研究室Weizmann Olfaction Research Group(ワイツマン科学研究所。においの研究室で、著者の Noam Sobel 教授が主宰。実験に使われた、においの研究用の部屋と装置はこの研究室のものです)
- 研究者Ilana S. Hairston 博士(論文の責任著者。論文当時はテルアビブ・ヤッフォ・アカデミック・カレッジ 行動科学部)
参考文献
- Ofer Perl, Anat Arzi, Lee Sela, Lavi Secundo, Yael Holtzman, Perry Samnon, Arie Oksenberg, Noam Sobel, Ilana S. Hairston. Odors enhance slow-wave activity in non-rapid eye movement sleep. Journal of Neurophysiology 115(5): 2294–2302 (2016). doi:10.1152/jn.01001.2015(PMC4922455)
- Mary A. Carskadon, Rachel S. Herz. Minimal olfactory perception during sleep: why odor alarms will not work for humans. Sleep 27(3): 402–405 (2004). doi:10.1093/sleep/27.3.402