音叉の音はなぜ澄んでいるのか ― 打った瞬間の音と残る音を、音響学の解説記事で読む
U字形の金属に持ち手が付いただけの、シンプルな道具。それが**音叉(おんさ)**です。軽く打つと、ほかの音が混じらない一つの高さの音が「ポーン」と鳴り、静かに消えていきます。楽器の調律に使われるほか、ヒーリング用の音叉として売られているものもあります。
眠りの和声にも、今日「音叉」の音が加わりました。打った瞬間の短い響きのあと、澄んだ一つの音だけが長く残るように作っています。
この「打った瞬間の音」と「残る音」は、実際の音叉ではどうなっているのでしょうか。今回は、音叉の音響を研究してきた音響学者による解説記事を読みます。
この記事について
- 題名:The Tuning Fork: An Amazing Acoustics Apparatus(音叉 ― 驚くべき音響の装置)
- 著者:Daniel A. Russell(ペンシルベニア州立大学 音響学大学院プログラム)
- 掲載:Acoustics Today 16巻2号 48〜55ページ(2020年夏号)。アメリカ音響学会(ASA)が発行する雑誌です。
- 種類:解説記事。新しい実験の報告ではなく、著者自身の測定(1992年・2000年・2013年の論文など)と過去の研究をまとめて紹介したものです。ウェブで全文を読めます。
著者は、指導教員だった Thomas D. Rossing と1992年に音叉の音響の論文を書いて以来、この道具を調べてきた研究者です。
1711年、トランペット奏者の発明
記事によると、音叉を発明したのは、イギリス王室の首席トランペット奏者だった **John Shore(ジョン・ショア)**で、1711年のことです。ヘンデルのお気に入りの奏者でしたが、演奏中に唇を切ってトランペットが吹けなくなり、もう一つの楽器のリュートに転向しました。当時の調律用の笛(ピッチパイプ)に満足できず、自分の音叉でリュートを調律していたそうです。
1800年代の半ばからは、音叉は音響学の実験室に欠かせない道具になりました。耳の検査(ウェーバー試験・リンネ試験)や、手足の振動の感じ方を調べる検査にも、今も使われています。
音の高さは「腕の長さ」で決まる
記事は、音叉の周波数が次の関係で決まると紹介しています。
- 腕(叉の部分)の長さの2乗に反比例する。同じ材質・同じ太さなら、腕を短くするほど高い音になる
- 材質の硬さ(ヤング率)と密度にもよる
温度でも少し変わります。鋼の音叉では、1℃上がるごとに周波数が0.01%下がると紹介されています。精密な音叉を作っていた19世紀の職人は、正しい高さで鳴る温度を音叉に刻印していたそうです。
軽く打てば一つの音、強く打つと「クラング音」
ここからが、音叉の澄んだ音の仕組みです。
軽く打ったとき。 2本の腕は、互いに逆向きに、根元を支点にしてしなります。このとき出るのは基本の振動の音だけです。記事では、432Hz の音叉を軽く打った音を分析すると、432Hz に細い山が一つだけ立ち、雑音より60dB大きかったと紹介しています。
少し強く、腕の先を打ったとき。 基本の振動に加えて、2つ目の振動が起きます。これが**クラング音(clang)**と呼ばれる音です。同じ432Hz の音叉では 2605Hz で、基本の音の6倍を少し超える高さでした。
ポイントは、この2つ目の音が基本の音のちょうど整数倍ではないことです。多くの楽器の音には、基本の音の2倍・3倍……の音(倍音)が含まれ、それが楽器らしい響きになります。音叉のクラング音は、その並びから外れた音です。記事は、腕を「根元を固定した棒」とみなす計算では2つ目の振動が基本の 6.26倍になり、測った値とよく合うと説明しています。
このクラング音は、打った直後にすぐ消えます(ジョージア州立大学の物理学教材 HyperPhysics)。そのため、少し強めに打っても、しばらくすると基本の澄んだ音だけが残ります。
とても強く打ったとき。 腕が数mm も揺れるほど強く打つと、今度は「ビーン」というびりつきが聞こえ、基本の音の整数倍の音が9つも現れたそうです。振れ幅が大きすぎて、腕がばねのように素直にしならなくなるためです。
きれいに鳴らすには
記事は、澄んだ一つの音を出すための打ち方も紹介しています。
- 2つ目の振動には、腕の先から4分の1ほどの位置に、揺れない点(節)がある。ここを打つと、基本の振動だけが起きる
- やわらかいゴムのマレットで打つか、膝や、手のひらの付け根(小指側の骨)のようなやわらかい所に当てる
- 硬い机に打ちつけたり、金属でたたいたりしない。ほかの振動が起きるうえ、音叉がへこんで音の高さが変わることがある
耳の検査で使う 256Hz・512Hz の音叉では、クラング音が約1600Hz・約3200Hz に出ます。人の耳がいちばん敏感な高さの範囲に入るので、検査の結果を誤らないよう、クラング音を出さずに打つ必要があるそうです。
耳のそばで回すと、大きい・小さいが4回ずつ
音叉の音の出方には、もう一つ面白い性質があります。2本の腕が逆向きに動くため、音が出る向きにムラができるのです。
- 耳のそばで音叉を軸のまわりに1回転させると、大きく聞こえる向きと、とても小さく聞こえる向きが4回ずつ入れ替わる
- 腕を伸ばした距離で回すと、大きく聞こえるのは2回だけになる
- よく聞くと、2本の腕が耳と一直線に並んだときのほうが、直角のときより5dBほど大きい
音叉を持っている人は、試してみると、その場で確かめられます。
持ち手を机に当てると、1オクターブ上の音
鳴っている音叉の持ち手を机や共鳴箱に当てると、音がぐっと大きくなります。持ち手自体の揺れは小さくても、広い机の面が振動して音を出すからです。
このとき、基本のちょうど2倍(1オクターブ上)の音も聞こえます。腕にはこの高さの振動が無いのに、持ち手からは出てくるのです。基本の音より大きくなることも多いそうです。記事は、その理由を説明した研究も紹介しています。耳の検査用の音叉の腕の先におもりが付いているのは、このオクターブの音を抑えるためです。
この記事から言えないこと
- 紹介した記事は、音叉の音がどう生まれるかという物理の解説です。音叉の音で眠りやすくなる、リラックスできるといったことは調べていません。
- 128Hz や 528Hz など、特定の周波数に心身への効果があるとうたう情報も見かけます。しかし、**特定の周波数そのものの効果は、研究ではまだはっきりしていません。**記事にもそうした話は出てきません。
眠りの和声の「音叉」は何をしているか
眠りの和声の音叉は、録音ではなく、この記事で紹介した性質をまねて端末の中で合成しています。
- 残る音は、なめらかな正弦波一つです。整数倍の音を混ぜないので、実物の音叉を軽く打ったときのような澄んだ音になります。数十秒かけて、ゆっくり消えていきます。
- 打った瞬間の音として、やわらかいマレットが当たったような短い「コツ」という音と、基本の約6.27倍の高さのかすかなクラング音を、ほんの一瞬だけ重ねています。実物と同じように、クラング音はすぐに消えます。強く打ったときのびりつきは入れていません。
- 鳴り始めの高さはごくわずかに高く、すぐに目標の高さへ落ち着きます。
- 「和音に合わせる」(既定)にすると、流れている和音の最も低い音のオクターブ上(200〜520Hz の範囲)で鳴ります。和音とぴったり重なるので、長く残る音が和音とぶつかって「うなり」になりません。
- 128・256・440・512・528Hz を選ぶと、その高さで鳴ります。和音の調律とは別の高さなので、和音と少しずれて聞こえることがあります。
- 種類の「クリスタル」は、3000〜4700Hz あたりの高く澄んだ音で、硬いもので打ったような明るい打音にしています。こちらは和音に合う高さを自動で選びます。
- 鳴らす間隔は15〜180秒(既定60秒)の目安で、毎回少しずつずらしています。音量の既定は0なので、使うときは音量を上げてください。
鳴らす間隔を長めにして、一つの音が消えていくまで耳を澄ませる。そんな使い方がおすすめです。気になるときは、音量を下げるか0に戻してください。
PR記事で紹介した、耳のそばで回すと聞こえ方が変わる様子や、持ち手を机に当てたときのオクターブの音は、本物の音叉があればその場で確かめられます。調律用の 440Hz のものから、耳の検査と同じ 128Hz・256Hz・512Hz のものまで、さまざまな音叉があります。音叉(チューニングフォーク) ›リンク先は Amazon の検索結果です。Amazonのアソシエイトとして、眠りの和声は適格販売により収入を得ています。
この記事は、解説記事の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠れない状態が続く場合は、医療機関にご相談ください。
この研究の著者・研究室・企業
- 著者Daniel A. Russell 博士のページ(ペンシルベニア州立大学 音響学大学院プログラム)
参考文献
- Daniel A. Russell. The Tuning Fork: An Amazing Acoustics Apparatus. Acoustics Today 16(2): 48–55 (2020).
- Thomas D. Rossing, Daniel A. Russell, D. E. Brown. On the acoustics of tuning forks. American Journal of Physics 60(7): 620–626 (1992).(上の記事で紹介されている元の論文。本文は未確認)
- HyperPhysics(ジョージア州立大学). Tuning Fork Modes.(クラング音がすぐに消えることの出典)