規則的な音は眠りを深くするのか ― 0.8Hzの音で「寝つき」と「深い眠り」に起きた逆の変化
メトロノームの音や時計の秒針の音を聞いていると、眠くなる気がする。逆に、規則正しい音が気になって眠れない、という人もいるでしょう。
一定のリズムで鳴る音は、眠りにどう関わるのでしょうか。今回は、眠っているときの脳波のリズムに合わせて音を鳴らしたら何が起きるかを調べた研究を紹介します。結果は少し意外なもので、同じ音が、寝つく前と眠った後とで、まったく逆の方向に働いていました。
この研究について
- 論文:Induction of slow oscillations by rhythmic acoustic stimulation(規則的な音の刺激による徐波の誘発)
- 著者:Hong-Viet V. Ngo、Jens Christian Claussen、Jan Born、Matthias Mölle(ドイツのリューベック大学・テュービンゲン大学)
- 掲載:Journal of Sleep Research 22巻 22–31ページ(2013年)。査読を経て学術誌に掲載された研究で、著者が arXiv にも原稿を公開しています。
何を調べたのか ― 深い眠りに現れる「ゆっくりした波」
眠りが深くなると、脳波には**徐波(じょは)**と呼ばれる、大きくゆっくりした波が現れます。この研究が注目したのは、その中でも 1秒に0.8回ほど(約0.8Hz)のリズムで上下する波で、論文では「slow oscillation(スロー・オシレーション)」と呼ばれています。
論文の冒頭では、この波が深い眠り(徐波睡眠)の目印であること、そして多くの研究で眠っている間に記憶が定着することに関わっていると考えられていることが紹介されています。
そこで研究者たちは、次の問いを立てました。
- 外から 0.8Hz のリズムで音を鳴らせば、脳のこの波を引き出したり、リズムをそろえたりできるか
- その刺激で、寝つきや深い眠りに入るまでの時間が早まるか
どうやって調べたのか
参加者は、健康な18〜26歳の10人(女性7人・男性3人)です。たばこを吸わず、薬を飲んでいない人で、実験の前日は飲酒をせず、寝る8時間前からはカフェインを控えました。本番の前に、脳波の電極とイヤホンを着けたまま実験室で眠る「慣れるための夜」も設けています。
同じ人が、次の 3つの条件で1晩ずつ眠りました。夜と夜の間は5日以上あけ、どの条件から始めるかは人によって入れ替えています。
| 条件 | 音の鳴らし方 |
|---|---|
| 0.8Hz の刺激 | 1.25秒ごと(1秒に0.8回)に、きっちり同じ間隔で鳴らす |
| ランダムな刺激 | 0.125〜5秒のばらばらな間隔で鳴らす(平均の間隔と、音の総数4,416回は 0.8Hz と同じ) |
| 音なし(対照) | 消灯前の2分間だけ鳴らし、その後は鳴らさない |
音は、長さ0.05秒の短いピンクノイズ(「ザッ」という雑音を短く切ったもの)です。論文によると、ホワイトノイズよりやわらかく聞こえて心地よいため、ピンクノイズを選んだそうです。音量はイヤホンの位置で 60dB に合わせ、両耳のイヤホンから流しました。
手順は、夜11時の消灯の2分前、ベッドで目を開けて天井の一点を見ている間に音を鳴らし始め、消灯後も約90分間鳴らし続けるというものです。脳波などは朝7時に起こすまで一晩中記録し、眠りの段階の判定は、どの条件の夜かを知らされていない2人の判定者が行いました。
分かったこと
1. 寝つきは、かえって遅くなった
研究者たちは、0.8Hz の音で寝つきが早まることも期待していました。しかし結果は逆でした。
- 0.8Hz の刺激の夜は、起きている状態から浅い眠り(段階1)に入るまでの時間が、ランダムな刺激の夜・音なしの夜のどちらよりも長くなった
- 浅い眠りの目印になる脳波の変化(睡眠紡錘波と呼ばれる波の増加)も、0.8Hz の刺激の夜は遅れて現れた
- 起きている間や眠り始めの段階では、0.8Hz の音を鳴らしても、狙った「ゆっくりした波」は強まらなかった
論文は、起きている脳は 0.8Hz のリズムに同調せず、かえって眠りへの移り変わりが乱されたのではないか、と考察しています。
2. 眠りが安定した後は、深い眠りの波が強まった
ところが、安定したノンレム睡眠(段階2)に入った後は、話が変わります。
- 段階2に入ってから 10〜25分後に、0.8Hz の刺激の夜は「ゆっくりした波」の強さがはっきり高まり、これは深い眠り(徐波睡眠)が現れる時期と重なっていた。音なしの夜との差は統計的に有意でした
- 波の数そのものは変わらなかった(90分間で平均約779回。ランダムな刺激の夜は約731回、音なしの夜は約732回)
- その代わり、波が音のリズム(1.25秒間隔)にそろって、規則正しく続けて現れるようになった
つまり、音は新しい波を増やしたというより、もともとある波のリズムを音にそろえた、というのが論文の説明です。
3. 刺激の後の眠りは変わらなかった
- 音を鳴らした90分間も、その後朝までも、各段階の眠りの時間の割合に条件による差はなかった
- 眠りが途中で浅くなる回数(覚醒反応)にも差はなく、論文は「音が眠りを妨げたとは言えない」としています
この研究の限界
- 参加者は10人で、健康な若い人に限られています。 年齢の高い人や、眠りに悩みのある人で同じ結果になるかは分かりません。
- 記憶の成績は測っていません。 「ゆっくりした波」は記憶との関わりが注目されていますが、この研究で確かめたのは脳波の変化までです。
- 論文自身も、ゆっくりした波の強さの増え方は、ランダムな刺激の夜と比べると統計的な差がなかったことに触れています。リズムにそろう効果は 0.8Hz の刺激で見られましたが、音そのものに反応した部分も含まれている可能性があります。
- 効果が眠りの段階によるものだという解釈についても、体内時計など、ほかの要因の影響を完全には否定できないと著者は書いています。
日常に取り入れるなら
この研究は、家で眠りをよくする方法を試したものではなく、脳の反応を調べる実験室の研究です。そのうえで、次のことは参考になりそうです。
- 寝つく前は、はっきりした拍を刻む音は控えめに。 規則正しく鳴る音は、少なくともこの実験では寝つきを遅らせました。眠ろうとしている間に流すなら、拍の目立たない、なめらかな音のほうが無難です。
- 深い眠りに働きかける音の使い方は、専門的な技術です。 眠りの段階を脳波で確かめながら音を出す方法は、研究や専用の機器の領域です。家庭のスピーカーで一晩中リズムを鳴らすこととは別物と考えましょう。
- 音の量は控えめに。 この実験の音量は60dBで、短い「ザッ」という音でした。寝室で流す音は、気にならない程度の小さめから試すのがおすすめです。
ちなみに、眠りの和声の和音は、ゆっくりと音量が揺らぐだけで、拍は刻まない作りにしています。寝る前の時間に、リズムを意識せずに聞き流せる音を選ぶときの参考にしてみてください。
PR寝室の時計の「カチ、カチ」という秒針の音も、規則正しく鳴る音の一つです。気になる方は、秒針が音を立てずになめらかに動く「連続秒針」の時計に替える方法もあります。秒針の音がしない連続秒針の時計 ›リンク先は Amazon の検索結果です。Amazonのアソシエイトとして、眠りの和声は適格販売により収入を得ています。
この記事は、論文の内容をもとに一般的な情報としてまとめたもので、医療上の助言ではありません。眠れない状態が続く場合は、医療機関にご相談ください。
この研究の著者・研究室・企業
- 研究室医療心理学・行動神経生物学研究所(テュービンゲン大学。著者の Jan Born 教授が所長)
参考文献
- Hong-Viet V. Ngo, Jens Christian Claussen, Jan Born, Matthias Mölle. Induction of slow oscillations by rhythmic acoustic stimulation. arXiv:1407.7999 (2014). Journal of Sleep Research 22, 22–31 (2013). doi:10.1111/j.1365-2869.2012.01039.x